今までにない製麹装置の開発へ

今までにない製麹装置の開発へ

ここに麹づくりの常識を超えたひとつの機械がある。

その名は「VEX方式完全無通風自動製麹装置」。


今まで機械化・自動化が困難と言われた、吟醸酒など高級酒の麹づくり(製麹-せいぎく-)を高品質かつ安定的に生産することができる装置の開発に迫った。


※麹(こうじ)
米、麦、大豆などの穀物に、麹菌(糸状菌の一種)を生育・繁殖させたもので、日本の伝統的醸造製品においてその味と香りに大きな影響を与える。とくに清酒の場合、品質や個性(味や香り)の決め手となるため、この麹づくり(製麹)は酒づくりの根本として重要視されている。


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今までにない製麹装置の開発へ

今や海外でも評価の高い清酒、特に、吟醸酒、大吟醸酒、純米吟醸酒は、全清酒製造数量の内でもシェアを伸ばしており、生産性の向上が求められていた。しかし、通常の酒より高品質であるがゆえに蔵人の経験と技術力が求められ、中小メーカーにおいては製造技術の担い手である杜氏や蔵人の減少や高齢化、後継者不足といった問題を抱え、次世代への技術の伝承が急務だった。
高品質の麹を安定的に製造することは、高度な技術を有する熟練した杜氏でさえ困難な管理操作を必要とし、昼夜を問わず丸2日以上にわたり人手による管理が必要な作業のため、酒造家、醸造場の存亡に関わる課題となっていたのだ。

そこに立ち向かったのがフジワラテクノアートだ。

清酒づくりの本質を捉える

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専務取締役の狩山(開発当時、技術開発部課長)は語る。
「吟醸酒や大吟醸酒専用の吟醸麹は一般酒の麹と大きく異なるため、機械では作れないといわれてきました。例えば、山田錦のような酒造好適米を使用し、米の表面から40%以上(大吟醸酒は50%以上)を削り取ります。これにより吟醸酒の敵である雑味成分を除去します。麹の役割である酵素生産(*1)において、各種生産酵素の量が適切な範囲でなければバランスよく醗酵することが出来ません。吟醸麹は杜氏の昔ながらの手法で手づくりしなければ出来ないと言われてきました。」

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*1
麹(こうじ)は、麹(糸状菌の一種)を穀類(米、麦、大豆など)に生育させたもので、麹菌が繁殖する時にさまざまな酵素を生産します。酵素は生き物の体内で作られるタンパク質の一種で、数百のアミノ酸がつながってできています。
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開発のきっかけは、ある機能性布との出会いであった。
空気を通さず、水蒸気を通すという非常に面白い特性をもった機能性布。ポリテトラフロロエチレンを素材とした機能性布であり、市販のスキーウエアやゴルフのレインウエアなどに使用されて、体が蒸れない素材としてよく知られている。この布の特性を活かせば従来の酒造業界では概念のなかった無通風状態における吟醸麹専用の製麴装置が出来るのではないかとの方向性を見いだしたのだ。

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さらに、狩山たちは清酒づくりの本質を捉えようとした。
手づくりの麹づくり方法に「蓋麹法(ふたこうじほう)」という伝統手法がある。麹蓋(こうじぶた)という小さくて平たい杉の箱(通常30×45cm)を使い、3cm程度の厚みに麹を堆積させ、麹室(こうじむろ)の中に多数重ねる。室内温湿度などを杜氏の五感と長年の経験・勘で調整しながら手間隙かけて麹を造るのだが、一つの箱に入る麹の量が少ないため、手間がかかる。しかしその分、麹表面から水分を適性に蒸発させながら適性品温経過を実現し、吟醸麹の命である「突き破精麹(つきはぜこうじ)」を造ることができる。この「突き破精麹」こそが吟醸酒に相応しい味と香りを醸し出すのだ。この蓋麹法の本質を抽出しそれをシステムで実現すればよいのではないか。
こうして開発は始まった。

狩山は語る。
「通常の製麹自動化装置は他社でも製造されていました。従来の装置は、通気式製麹法といい、麹層に風を送ることにより温度や湿度を制御するというしくみです。この方法で製造された麹は普通の清酒の製造上は問題がないのですが、吟醸酒や大吟醸酒の製造には使用できません。なぜなら麹表面からの水分蒸発が不十分で、突き破精麹にはならないからです。
そこで、私たちが考えたのが、無通風状態で水蒸気分圧差により水分蒸発量を制御することで適正品温経過を実現し、同時に麹表面から十分な水分蒸発を確保して高品質な吟醸麹を作り出すシステムです。機能性布は非常に細かい孔があいているフッ素樹脂膜の両面を布で貼り合せたものです。この機能性布の構造と特性を利用すれば我々が考えた水蒸気分圧差制御システムが実現できると考えたのです。」

この機能性布と水蒸気分圧の考え方で麹からの水分蒸発をコントロールする水蒸気分圧差制御という発想こそ「VEX方式(Vapor pressure Equalizing Control System)」といわれる所以だ。

先入観という大きな壁

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狩山たちは先ず制御システムの理論を検討し確立した。その結果はすぐに特許出願して特許権を取得。並行して小規模な実験装置を造り、考えた理論が正しいか試行錯誤しながら多くの検証実験を行なった。テスト装置の運転とデータ収集を担当した森は語る。

「麹室と同じ環境を社内につくり、50kgの小さなテスト装置を使用してデータ収集を行ないました。はじめに吟醸麹を6cm堆積すると決め、種麹(たねこうじ)を振りかけ...と麹づくりの工程を手探りで行ないました。6cmがよければ次は7cm、8cmといった具合です。その結果、6cmという結果にたどり着きました。」

しかし、開発プロジェクトの中でどうしてもメンバーだけでは出来ないもどかしさがあった。それは、検証実験の麹の品質評価である。最も重要な麹の品質評価は開発担当者だけでなく、やはり第一線の醸造技術者にお願いしなければ、どれだけ吟醸麹用に適していると仮説を立てて理論化しても実証されないからである。森は、50kgのテスト装置をお客さまの所まで運び組み立てて、そこでも運転とデータ収集を行なった。

「最初はあまりいい顔をされませんでした。杜氏さんはその酒蔵の使命を背負っている酒づくりの責任者です。いくら装置の原理を説明して理論はわかって頂けても、じゃあ本当にお客さまの求める麹が出来るのかということです。そのためには麹を見てもらうしかないと思いました。製造部のメンバーと一緒に、テスト装置をばらしては、トラックに積み、お客さまのところへもっていっては組み立て、実際にテスト装置で造った麹をみてもらうということの繰り返しです。1回のテストにはまる2日かかります。3日目...できあがった麹をみてお客さまの顔色が変わりました。でき上がった麹に興味をもっていただけたら、そこからやっとスタートという具合でした。」

良質で再現性のある吟醸麹は機械では出来ないということが酒造業界では常識とされていた。その先入観を取りのぞくことが最も困難だったが、製造した麹を評価して頂くことしか信頼を得る方法はなかったのだ。実際にテスト装置を持ち込んでの麹をつくってみせると杜氏からは高い評価を受けた。数社での持ち込みテストは成功裏におわり、これにより本格販売を開始したのだ。

評価されるVEX方式

「多くの実験を繰り返すことで少しずつ吟醸麹づくりの本質が理解できるようになり、また、杜氏の経験に基づく"麹づくりの在り方"を聴くうちに、それが"麹づくりの本質"をついているということが理解できるようになりました。このことは、従来と全く異なるコンセプトの方向性に間違いがないことを確信させてくれ、諦めることなく開発ができたのです。」
と狩山は振り返る。

また社内外にて多くの手動制御テストを繰り返すうちに、麹温度制御において特殊な規則性があることに開発チームは気付く。この知見に基づき特殊アルゴリズムを新開発することができ、品質における再現性の高い自動化が実現した。しかも、手入れ(撹拌)の自動化とも相まって、無人運転化を実現したのだ。

「VEX方式完全無通風自動製麹装置」の誕生である。
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この装置は伝統的麹づくりの蓋麹法と同じ状態を作り出し、高品質な麹づくりができるだけでなく、生産性の向上、全自動化による無人化、そして安定して生産できるという再現性を兼ね備えている。その後、2004年には第1回新機械振興賞受賞、中小企業庁長官奨励賞など、多くの賞を受賞することとなる。そしてこの賞を通して、「VEX方式完全無通風自動製麹装置」は清酒業界や多くの醸造技術者に知られることとなった。

開発に関わった森は語る。
「受賞できたことは大変名誉なことだと思います。しかし、それ以上にユーザーの担当者様に、『この機械を使って良い麹ができないとすれば、よっぽど職人の腕が悪い』と言って頂けたことのほうが嬉しかったですね。」

心ある機械は琴線に触れる酒を醸し出す

VEX方式完全無通風自動製麹装置を導入して飛躍的にお酒の品質が上がった醸造場がある。この装置は、ただ重労働だった麹づくりを機械化し労働的に麹を造り出すマシーンではない。いわば、各蔵の杜氏が想い描く酒づくりをサポートするサポーターである。どんな酒にしたいのか決めるのは杜氏であり蔵人だ。VEX方式完全無通風自動製麹装置はそのデータを基に製麹する。今までの既存装置と大きく違うのは酒づくりの本質を伝統的な蓋麹法のなかに隠されていることを突き止め、機能性素材と全く新しい制御システムによって、従来もっとも難しいと思われてきた「麹づくり」の自動化を実現したということだ。VEX方式完全無通風自動製麹装置ほど高品質で生産性、再現性の高い装置はないだろう。手づくりでもその本質を捉えていなければ味は濁る。逆に心ある機械は琴線に触れる酒を醸し出すのだ。 

下林は語る。
「まだまだ機械化に戸惑われる蔵人や杜氏様はいらっしゃいます。設備投資ですからお金もかかることはもちろん、機械化によって省人化が進むのでは?という不安もあるようです。ただ、10年後20年後の酒づくりを考えるならVEXほど高品質で再現性の高い装置はありません。VEXは導入前に比べて大量に高品質の突き破精麹を造ることができます。それによって高いレベルでの品質の安定化を生み、杜氏も安心して酒づくりができるのです。私は、時間をかけて良さを理解して頂くことを心がけています。」
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最後にメンバーに仕事の醍醐味を聞いてみた。
発案から基礎実験、テスト装置の開発や特許出願まで担当した狩山は語る。

「自分が確信したことをやり遂げること。この確信を持続するしかない。」

テスト装置の運転とデータ収集、実機運転の立会いに関わった森は語る。

「フジワラテクノアートの開発はとことん社内で討論します。お互いの意見を尊重しながらも納得できない部分は『じゃあやってみようか!』といえる社内環境があります。開発メンバーと達成感を共有できることがもっとも面白いと思います。」

VEX方式完全無通風自動製麹装置が高いレベルでの品質の安定化と生産性を生み、吟醸酒や大吟醸酒の需要を喚起し、酒造りメーカーの経営を安定させ、酒造業界の活性化が図られると期待している。